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市長てくてく城下町のイメージ画像

平成25年8月 水野家サミット~市長てくてく城下町

大和郡山市長上田清市長のサイン画像

大和の郡山藩といえば筒井順慶や豊臣秀吉の実弟秀長、江戸の後半から明治にかけて藩を治めた柳澤家などの名前が浮かびますが、実は江戸時代前半にも有力な大名が相次いでこの城に入っているのに、あまり知られていないのが実情です。

なかでも、大坂夏の陣で豊臣家が滅亡した後、初代刈谷(かりや)藩主(現愛知県刈谷市)から転じて郡山藩主となった水野勝成(かつなり)については、私自身もつい最近までよく知りませんでした。

しかし、ある時、刈谷の市長さんに声をかけていただき、勝成が今も刈谷市の英雄で、アニメなどを通じて子どもたちにもその功績が伝えられていると知り、びっくりした次第です。

考えてみれば、豊臣家滅亡後、郡山城は取り壊される可能性もあったのではないかと思うのですが、要衝の地にある大切な城と幕府も認めたのでしょう、藩とお城は存続することになりました。

しかも藩主を命じられた水野勝成は、かの徳川家康の従兄弟(いとこ)にあたる重要な人物だったのです。 数年後、勝成は広島の福山藩に転出し、有名な福山城を築城しています。

この8月10日、その刈谷市で刈谷城築城480年記念『水野家サミット』が開催されることになり、お招きをいただきました。
 

刈谷市には、西日本を中心に本市も含め約20の市町村で構成する『広域災害ネットワーク』にも加盟いただきましたが、このご縁が、ふるさとへの夢や誇り、そしてそれぞれの地域の活力につながることを大いに期待しています。