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令和2年2月 講談師四代目旭堂南陵さんの世界

大和郡山市長上田清市長のサイン画像

「この度は水木十五堂賞を授与くださり、本当に嬉しい限りです。芸に関しては、芸術大賞等多く受賞していますが、私自身の博士論文にスポットを当てていただいた事は、無上の喜びです。」

明治から昭和にかけて市内豆腐町に住まいし、今の郡山高校の教諭や奈良女子大学の教授を務める一方、古今東西ありとあらゆる文書や資料などを集めた「水木コレクション」を残すとともに、数多くの文人や芸術家と交流し、大和を代表する研究者、文人として「大和の水木か、水木の大和か」と称されるようになった水木要太郎(十五堂)の功績にちなんで創設された『水木十五堂賞』。

冒頭の文章は今年度、第8回受賞者に決定した講談師四代目旭堂南陵さんの受賞コメントです。

わが国は、芸能文化の面だけではありませんが、二度の「断絶」を経験しました。

いわゆる明治維新と第二次世界大戦です。

たとえば、わが国では明治に至るまでの長い間、太陽と月のめぐりの両方を取り入れた太陰太陽暦を改良に改良を重ねながら使ってきました。

ところが、旧暦から新暦つまり太陽暦への移動により、明治5(1873)年12月3日が新暦の明治6年1月1日になったため、季節がおよそ1か月早くなり、桃の節句に桃の花が咲かず、七夕は梅雨の真っ最中、ということになったのだそうです。

こうした断絶を通じて、失われたり忘れられていった芸能文化も数え切れないといわれます。

そうしたなか、独特の語りが人々を引きつける講談師として幅広く活躍されるかたわら近代文学などに大きな影響を与えたにもかかわらず埋もれていた講談の速記本などを約50年もかけて蒐集研究を重ね、博士号を取得された旭堂南陵さんのご努力とご功績に心から敬意を表する次第です。

授賞式は2月8日(土)午後1時30分~

講談をお聴きになったことがない方もこの機会に是非、お出かけください。